才能がなかったから
松本に映画の才能は無かった
どれもシリーズのショートコントが連続してるだけだからな
大日本人はビジュアルイメージはよかったけど
もう2人とも映画は撮らないのかね
松本はどうでもいいけど北野は遺作を撮ってほしい
人間力の違い
武は下積みが長かったからそのぶん世の中の様々な様相を見て経験してきた
松本は早く売れたから芸能界しか知らない
>>6
花王名人劇場に出るまでを下積みとすると7年
4時ですよーだまでを下積みとするとは5年
愛読書がクローズ
蓮実重彦に枕しなかったから
松本人志の名前でお笑いをしていたせいで
ビートたけしと北野武を使い分けるような
印象操作ができなかったから
伸びしろの無さ
作っても作っても大日本人のほうがまだマシ
>>10
音楽もそうだし小説家もそうだけど
1作目でその人の6割かそれ以上出ちゃうと思うわ
ただし雇われ仕事だった場合はその限りではないけど
完全変名でやったら客全く入らないから松本人志のままやらざるを得ない
森さん
高須がいないと何もできない人だから
たけしは出品した映画祭の審査員がたまたま塚本晋也だった
塚本は強力にたけしの受賞を主張して獲ることができた
松本にはそういう幸運なめぐり合わせがなかった
>>15
審査員長のジェーンカンピオンが金獅子賞は全員一致ですぐに決まったと会見で話してるんだけどw
映画の方は倉本なんじゃないかね
画面見れば分かる
武はれっきとした映画だけど松本はテレビコント
大学中退と高卒の差
松本は浜崎あゆみにDollsっていう映画にインスパイアされた曲を書いてもらえない
ゴダールからも褒められた北野武
一方松本は見てさえもらえない
大日本人は途中まで凄く良かったんだけど
最後にコントに逃げたのが本当に格好悪かった
学識レベルの差
映画興味ない人だもん金かけてコント作ってるだけ
見る側を考えて制作してるかしてないかの差
松本は自分が面白いことしか作ってない*ー作品
松本のは15分のコントなら面白いけど
あれを90分やられたら苦痛
映画どころの話じゃ無くて読書以前に小中学校レベルの教科書すらまともに読んだこと無さそう
松本が好きだから映画館まで行って「大日本人」と「しんぼる」の両方観たよ
その結果「さや侍」は現時点で観てもいないし今後も一生観ないと思う
とにかくすべてが幼稚に尽きる
ワイ品川、高みの見物
>>30
お前はイケメン俳優並べてアホ*呼び込んだだけだろ
文化人になりたかっただけだろ
生では語れないコメンテーターとして今も失敗中だが
松本は笑いに拘ったから
たけしにはそれがない
たけしが笑に向かったみんなやってるかは松本以下のレベルだし
ハゲ丸も言ってたがR100は予防線張ってて卑怯だしダサすぎる
北野武
オイラはよく因数分解って言葉で説明するんだけど、*屋XがA、B、C、Dの4人を*シーンがあるとする。
普通はAをダーンって撃った後にBを撃って、C、Dと順番通りに*てくんだけど、それを数式にするとXA+XB+XC+XDの多項式だ。
それじゃ間延びしちゃうしオイラはやりたくないわけ。
そこでそれを因数分解するとX(A+B+C+D)になる。
最初にXがAをダーンって撃つ。
そしてXが歩いてフェードアウトしていくシーンにする。
あとはB、C、Dが転がってる死体を写せばいい。
「B、C、Dはなんで*でるの?」なんて言ってるバカは相手にしないw
松本
あれ?これって高須に前言うたっけ?
まぁ言うわ。俺な、未だに九九言えへんねんw
まっつんは引き算も苦手だから問題無い
北野武
『映画を撮った後の編集作業している時が一番楽しい。どのシーンをどの長さ使ってどう構成するか。パズルを組み立てるみたい 一度作業を始めると熱中し過ぎて食事もとれなくなる』
松本人志
『もうね、編集作業がだるいねん。映画を撮るのは好きなんやけど、その後に編集作業あるやろ。あれクッソ面倒くさいねん』
あぁ編集の下手さもあるね
たけしは一作目のその男が凄い
OPでエリックサティの曲をバックに橋の遠くからギラギラした当時の武が歩いてくるシーンでつかまれる
エンディングで別の男が同じカットで歩いてくるのもまた良い
たけしは映画ではビートたけしでは見せない暴力衝動を存分に出して上手くストーリーの主軸に持って来れた
まっつんは特に映画でやらなくても良い普段のまっつんの延長をわざわざ映画でやってた
たけしは映画は編集って言ってる
時代が追いついてない
最初に深作欣二の代役で入ったから
スタッフもしっかりしてたと思う
そもそも松本あるいはダウンタウンなんて昔のコントも古臭い
ドリフ大爆笑は今見ても面白いけど
漫才の才能はまるでない*
ツービートは実力あったし現在ならサンドやかまいたち等でも
アンジャッシュでもいいけど実力者のような
ちゃんとしたものをやってない
あの面白くもなかった「クイズ何でしょう」しかない
ただのコントを引き延ばしただけ
松ちゃんはキカイダーとかイナズマンとか傍流の特撮作品を監督したら良かったのに
大日本人にはちょっと特撮魂がある
まっつんがTVで言ってたけど海外での評価は高い
たけし映画だとバイオレンス系じゃないあの夏いちばん静かな海も好きだな
プライドの塊みたいな人間だしそんなのプライドが許さないでしょ
映画史に対する謙虚さの全くない傲慢さがね
センスだけで俺ならどうにかやれると思ってる浅はかさ
放送室の大日本人公開前の自画自賛っぷりを今聞くと最高に笑える
才能の差としか言いようがない
たけしに限らず映画は編集という認識が当たり前
更に言うならその準備段階も
大学の映像系では必ず言われる
プリプロ、ポスプロで成否が決まる
その男でビンタ連発してるシーンとか話してる途中に撃ち*れるシーンとか、銃をピコピコハンマーに変えたらたけしのバラエティの間だろ
まっちゃんにはタランティーノみたいなのを期待してたんだけどな
なんかもっさりしてんだよな
大日本人は映画ではないが内容はいうほど悪くはなかった
映画という枠組みにこだわった奴らの猛批判を真に受けて次作以降どんどん日和っていったのが問題
ブレなきゃまた違った物が作れたかもしれないのに
番組の観覧とかに来てくれるバカ女の客と違って
映画の場合リーサルウェポンの視聴者がアホやから観客がアホやからが通用しなかった
ごっつやガキのスケール感が限界なんだよ
閉じられたスタジオ内の風景
タランティーノは松本はと比べものにならないぐらいのシネフィルだから
大日本人ってビジュアルだけなら進撃の巨人だな
押井守「海外の映画祭は少しでも注目される監督は取材責めにあう。僕程度でも分刻みだった。松ちゃんは暇そうだった」
学歴の差だな
たけしはあの時代明治大学入ってるからな 兄貴も大学教授だし
確かに「大日本人」ってうまく作れば「進撃の巨人」になれたな
松ちゃんは勘というかセンスというか
そういったものが圧倒的に足りない
足りないモノ多過ぎひん?
自由に撮るなら尚更センスがいるからな
教養ないんだからたけしを目指さずに
志村みたいにコント作り続けてればよかったのに
たけしはお笑いではできないことを映画でやった
松本はあくまでお笑いを映画にしてる
センスというより映画に関する基礎的な知識じゃね
たけしもその辺は猛勉強してる
まっつんはむしろセンスだけで撮ろうとしたから失敗した
しかし最初のあの自信はどこから来たんだろうな
サザンの桑田が撮った映画も駄作だったし
映画作りの才能は別なんだろうな
昔の映画コラムでトリアーの奇跡の海で主人公がカメラ目線になるシーンがあって
それを松本が劇映画でカメラ目線はやってはいけないこのこの監督はアホだとか言ってたけど
あれはカメラ=神の視線を表す演出であることにすら気づかないお前がアホじゃんと思った記憶がある
プロデューサーになればいいのに
この中の一本でも松本人志は見たことあるんかな?
北野武が選ぶ好きな映画10本
天井桟敷の人々 Children of Paradise(1945年、監督:マルセル・カルネ)
2001年宇宙の旅 2001:A Space Odyssey(1968年、監督:スタンリー・キューブリック)
時計じかけのオレンジ A Clo*work Orange(1971年、監督:スタンリー・キューブリック)
七人の侍(1954年、監督:黒澤明)
L.A.大捜査線/狼たちの街 To Live and Die in L.A.(1985年、監督:ウィリアム・フリードキン)
ワイルド・アット・ハート Wild at Heart(1990年、監督:デヴィッド・リンチ)
ガルシアの首 Bring Me the Head of Alfredo Garcia(1974年、監督:サム・ペキンパー)
ダークマン Darkman(1990年、監督:サム・ライミ)
狂い咲きサンダーロード(1980年、監督:石井聰亙)
鉄道員 The Railroad Man(1956年、監督:ピエトロ・ジェルミ)
>>74
ダークマンの何にインスピレーションを感じるんだろうか
面白ダークヒーローって感想しかなかったけどな
たけしに対抗して暴力映画を撮ってみれば
才能があるのかないのかがハッキリと分かる
松ちゃんの映画見ると分かるけど映画の文法しらないんだよね
文章で言うと頭痛が痛いみたいな表現をやっちゃう
愛読書がクローズ
2人とも失敗してるし納得いく映画ほとんどないけど
コメディ映画やお笑い映画って何故駄作になるんだろう?
90分とか120分とかの長尺がお笑いに向いてないのかな
金掛ければ良い訳でもないし
高須光聖のせい
淀川さんも町山さんも武のカット割りや映画は破天荒と言ってるし
2人とも映画そんなに観てないと思う
特に監督始めた初期
武も早送りで観るという話もあるしデニーロ映画は観るという話もあるけど演者視点や演技を見るんだろうし
北野武は初期の変なカット割りとかが独特感出してて面白かったが段々映画制作にこなれてきてつまらなくなった
脳内アイデアを垂れ流しに放出
しちゃダメよ
商業映画として鑑賞に耐えうるシーンにに変換する作業=編集が必要
それがないとただ夢の話をダラダラ聞かせるつまんない人のお喋りになってしまう
松本映画はまさにこれだわな
松本の一作目に関しては勝てるアイデアではあったよね
ラストさえ映画から逃げなければ受け入れる人はもっといたと思うし
誰もあのラストにNOを言えない環境だったとは思うけど
2作目は擁護できないレベル。それ以降は観てない
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